「ぶたじる」と「とんじる」、どちらも同じ料理を指す言葉です。しかし、日本全国でどちらを使うかは、出身地によって大きく変わります。
呼び方の違いに気づくのは、たいてい他の地域出身の人と話したときです。自分が当然だと思っていた言い方が、相手には聞き慣れない言葉だったという経験は、食の方言の面白さを実感できる瞬間でもあります。
この記事では、「ぶたじる」という呼び方がどの地域で使われているのか、「とんじる」との境界線はどこにあるのかを、複数の調査データや方言地図をもとに整理します。
「ぶたじる」は方言なのか、どの地域で使われるのか
「ぶたじる」という呼び方が広く使われている地域と、「とんじる」が主流の地域には、地図上でくっきりした境界線があります。まずどの都道府県でどちらが使われているかを整理すると、呼び方の実態が見えてきます。
「ぶたじる」が多数派の地域
複数の調査で一貫して「ぶたじる」派の多数が確認されているのは、北海道と九州北中部の2つのエリアです。
ゼンリンが2718件の回答をもとに作成した豚汁方言マップ(産経新聞2023年12月21日付)では、北海道・福岡県・佐賀県・長崎県・熊本県・大分県・宮崎県で「ぶたじる」派が80%を超えています。Jタウンネットが2014年に行ったアンケート(投票総数3913件)でも、北海道は74.7%が「ぶたじる」と回答しており、九州北中部の福岡・長崎・熊本・大分でも「ぶたじる」が多数派でした。
ファミリーマートが2025年11月に全国20〜69歳の男女700人を対象に行った消費者意識調査でも、九州・沖縄エリアで約半数(46%)が「ぶたじる」と回答。北海道では41.7%が「ぶたじる」と答えています。
「とんじる」が多数派の地域:東北・関東・甲信越・近畿・中国・四国の大部分
境界線がやや曖昧な地域:富山・三重・滋賀・鳥取(調査によって割合が拮抗)
「とんじる」が優勢な地域
全国的な傾向としては「とんじる」が多数派です。ファミリーマートの2025年調査では、全国で「とんじる」派が84.3%、「ぶたじる」派が15.7%という結果でした。
東北・関東・北陸・甲信越・近畿・中国・四国の各エリアでは「とんじる」が優勢です。ただし、Jタウンネットの調査では富山が「とんじる」「ぶたじる」が50%ずつ拮抗しており、三重では「ぶたじる」が54.3%とわずかに多いという結果も出ています。滋賀・鳥取でも「ぶたじる」派がやや多い傾向が見られました。
大阪では「とんじる」が67.2%と全国平均に近く、西日本の中心部でも「とんじる」が定着していることがわかります。
境界線が生まれる背景
「ぶたじる」と「とんじる」の地域差は、単純な方言の分布というより、食文化の伝わり方と密接に関係しています。北海道と九州は地理的には離れていますが、両地域ともに独自の食文化が根強く、標準語化の影響を受けにくい側面があります。
また、ゼンリンの方言マップでは鹿児島県に「薩摩汁」と呼ぶ層がおり、豚汁に近い料理を全く別の名前で呼ぶ地域もあることがわかっています。呼び方の多様性は、地域ごとの食の歴史を映しているとも言えます。
- 北海道と九州北中部で「ぶたじる」が圧倒的多数派
- 全国的には「とんじる」が84%以上を占める
- 富山・三重・滋賀・鳥取は調査によって割合が拮抗する地域
- 鹿児島では「薩摩汁」という呼び方が存在する
辞書・国語資料での「ぶたじる」の扱い
「ぶたじる」と「とんじる」のどちらが正式な語かを気にする人は多いですが、辞書ではどのように扱われているのでしょうか。国語辞典や語研究の資料を参照すると、その関係性が整理しやすくなります。
辞書での掲載状況
一般的な国語辞典では、「とんじる(豚汁)」に「ぶた汁とも言う」という形で併記されているケースが多く見られます。はてなブログの2004年の記事でも、「ぶたじる」を引くと「とんじる。」、「とんじる」を引くと「ぶた汁。」と互いに参照する形で記載されていることが紹介されています。これは、両者が対等な見出し語として辞書に収録されていることを示しています。
「どちらが正しいか」という問いへの答えは、辞書の観点からは「どちらも正しい」です。2つの語は同義語として収録されており、どちらを使っても日本語として誤りではありません。
「ぶたじる」は方言か、共通語か
「ぶたじる」は特定地域に偏った方言語彙である一方、辞書にも標準的な語として収録されています。この点で、純粋な「方言」というより「地域によって優勢な読み方」という整理がより正確です。
国立国語研究所が実施してきた方言調査では、同じ物の呼び方が地域によって変わる現象を「語彙的方言差」として分類します。「ぶたじる」と「とんじる」の関係はその典型例で、読み方の差が食文化や地域語彙の分布を可視化するケースとして、方言研究の文脈でも取り上げられやすい事例です。
正誤の問題ではなく、地域による読み方の違いとして整理するのが適切です。
読み方と「豚丼(ぶたどん)」との違い
「豚」という字の読み方は、豚丼(ぶたどん)の例からも見てとれるように、単独での訓読みでは「ぶた」が一般的です。一方、「とん」は「豚肉(ぶたにく)」「とんかつ」「とんこつ」など、複合語での音読みとして定着しています。
Jタウンネットの調査では「豚丼」をどう読むかも調べており、「とんどん」と呼ぶ人は全体の4%にすぎず、「ぶたどん」が圧倒的多数でした。「豚汁」だけが読み方で大きく地域差を見せる理由の一つとして、「とんじる」という言い方が料理名として広まった経緯が関係している可能性があります。
- 「ぶたじる」「とんじる」はどちらも辞書に収録された対等な語
- 正誤の問題ではなく、地域語彙の分布の差と整理できる
- 「豚丼」は全国的に「ぶたどん」が圧倒的多数
- 「豚汁」だけが読み方に顕著な地域差を見せる特異なケース
世代・家庭内での呼び方の違い
「ぶたじる」か「とんじる」かは、地域だけでなく世代によっても異なる場合があります。同じ家庭でも親と子で呼び方が違うというケースは、方言の世代差を示す興味深い例です。
親世代と子世代で呼び方が変わる

ファミリーマートの2025年調査のコメント欄では、「親はぶたじる、子供はとんじる」という声が複数寄せられています。これは、メディアや学校教育、外食産業を通じて「とんじる」という読み方が若い世代に浸透してきたことを反映していると考えられます。
北海道や九州北中部のような「ぶたじる」文化圏でも、若い世代が「とんじる」を使い始めることで、家庭内に呼び方の世代差が生じているケースがあります。言葉は地域差とともに世代差も持ち、家庭内で静かに移り変わっていくものです。
コンビニ・外食での表記の影響
コンビニや外食チェーンの商品名・メニュー表示は、全国で統一されることが多く、「とんじる」表記が広く使われています。日常的に目にする表記が、地域の呼び方に影響を与えることは十分に考えられます。
こうした標準化の流れは、方言語彙の縮小要因の一つとして、国立国語研究所の方言研究でも指摘されています。食の呼び方においても、メディア・流通・外食産業を通じた全国一律の言葉づかいが、地域独自の呼び方を押しのける形で進行している側面があります。
どちらを使うかで話題が盛り上がる理由
「ぶたじる」か「とんじる」かという話題がSNSや調査で繰り返し取り上げられるのは、料理名の違いが出身地を示すサインになるからです。HKT48を卒業した宮脇咲良さんのSNS投稿をきっかけに「ぶたじる」「とんじる」論争が広がった例(ライブドアニュース)のように、日常の言葉が地域アイデンティティと結びつくことで話題になりやすい構造があります。
呼び方が違っても同じ料理を指しているという共通点があるからこそ、話題のとっかかりになりやすく、相手の出身地を自然に知る手がかりにもなります。
- 同じ家庭で親世代「ぶたじる」・子世代「とんじる」のケースがある
- コンビニ・外食の「とんじる」表記が若い世代の呼び方に影響している
- 呼び方の差が出身地を示すサインになるため、話題になりやすい
「ぶたじる」が使われる地域の具材・味噌の地域差
呼び方の違いと並んで、豚汁の中身にも地域差があります。具材や味噌の種類は、地域の農産物や食文化に強く影響されており、呼び方の地域差と重なる部分もあります。
具材の地域差:いもの種類が特徴的
ファミリーマートの2025年調査では、「豚汁に入れるいもの種類」として全国的には里芋が主流である一方、東北では約2人に1人がじゃがいもを選択しています。特に青森県では約8割がじゃがいもを選んでおり、地域農産物の影響が色濃く出ています。
中国・四国エリアでは約4人に1人がさつまいも派という結果も出ており、同じ「豚汁」という料理でも、地域ごとに入れるいもが全く異なります。北海道はじゃがいもの産地として知られており、「ぶたじる」文化圏でじゃがいもを使う習慣が根強い可能性があります。
味噌の種類と地域差
ファミリーマートの同調査では、全国では約3人に2人(65.3%)が合わせ味噌を使うという結果が出ています。一方で、北関東エリアの約4人に1人(25%)、中部エリアの約3人に1人(28%)は赤味噌を使う傾向があります。
中部エリアでは赤味噌文化が根づいており、約3人に1人(27%)が「赤味噌でなければ豚汁とは言えない」と回答しています。呼び方の地域差(ぶたじる・とんじる)とは別軸で、味噌の種類でも明確な文化圏が存在します。
東北の豚汁は具だくさんが特徴
東北エリアでは、豆腐(70%)、白菜(41%)、ネギ(81%)を入れる人が多く、関東エリアよりも使用率が高い傾向があります(ファミリーマート2025年調査)。東北の「とんじる」は、寒冷な気候に合わせて具だくさんになる傾向があると考えられます。
地域ごとの食文化は、その土地で手に入りやすい食材と気候によって育まれます。「ぶたじる」「とんじる」という呼び方の違いは、こうした食の地域差の入口とも言えます。
| エリア | 呼び方の傾向 | いもの種類 | 味噌の傾向 |
|---|---|---|---|
| 北海道 | ぶたじる多数 | じゃがいも | 合わせ味噌 |
| 東北 | とんじる多数 | じゃがいも(青森は約8割) | 合わせ味噌 |
| 関東 | とんじる多数 | 里芋 | 合わせ味噌 |
| 中部(愛知周辺) | とんじる多数 | 里芋 | 赤味噌(約3割) |
| 近畿 | とんじる多数 | 里芋 | 合わせ味噌 |
| 中国・四国 | とんじる多数 | さつまいも(約4人に1人) | 合わせ味噌 |
| 九州・沖縄 | ぶたじる約半数 | 里芋・さつまいも混在 | 合わせ味噌 |
- いもの種類:東北はじゃがいも、全国的には里芋が主流、中国・四国はさつまいもも多い
- 味噌の種類:全国65%が合わせ味噌、中部では赤味噌が約3割
- 具材の豊富さ:東北は豆腐・白菜・ネギの使用率が関東より高い傾向
ミニQ&Aで確認する呼び方の疑問
「ぶたじる」と「とんじる」についてよく寄せられる疑問を2点まとめます。どちらの呼び方が正しいか迷ったときや、相手の出身地を推測するヒントとして活用してください。
「ぶたじる」と言ったら方言だと指摘されました。直すべきですか?
辞書には「ぶたじる」「とんじる」のどちらも正式な語として収録されており、誤りではありません。地域で優勢な読み方が異なるだけで、どちらを使っても問題ありません。自分が育った地域の呼び方をそのまま使ってよいでしょう。
「とんじる」という人の出身地はどこか、ある程度推測できますか?
「とんじる」派は東北・関東・近畿・中国・四国に多く、「ぶたじる」派は北海道と九州北中部に多い傾向があります。ただし、呼び方は世代やメディアの影響でも変わるため、出身地の断定には向きません。あくまで地域差の目安として参考にするとよいでしょう。
最新の分布データは、各調査機関や報道機関の公開資料でご確認ください。
「ぶたじる」と「とんじる」を日常で使い分けている人はいるか
明確な使い分けのルールはなく、出身地や家庭環境によって自然に決まっているケースがほとんどです。九州出身者が上京後に「とんじる」に切り替えたり、逆に北海道出身者が「ぶたじる」を使い続けたりと、個人差もあります。
外食やコンビニで「とんじる」と表記されているのを見て、自分の呼び方と違うと気づく人も多く、呼び方の違いに気づく機会は日常の中に自然にあります。
- 明確な使い分けルールはなく、出身地・家庭環境で自然に決まる
- 上京や引越し後に呼び方が変わるケースもある
- 外食・コンビニの表記で呼び方の違いに気づくことが多い
まとめ
「ぶたじる」は方言か標準語かという問いへの答えは、「どちらも正式な語であり、地域によって優勢な呼び方が異なる」という形に整理できます。
呼び方の分布を大まかにつかみたい場合は、ゼンリンの豚汁方言マップや、ファミリーマートが2025年11月に公開した消費者意識調査の結果を参照すると、都道府県ごとの傾向が具体的に確認できます。
食の呼び方は、その土地の農産物・気候・食文化と深くつながっています。「ぶたじる」か「とんじる」かという小さな違いの裏に、地域ごとの食の歴史がある点を知ると、豚汁がいっそう身近に感じられるかもしれません。


